日本人に見えないワケを教えて
パリには女性の好きなものがあふれています。ファッションだったり、バレエ鑑賞だったり、お花だったり、お菓子や料理だったり、そう、ワインもあった。なんといってもあの街の佇まいが好き。私もその一人だった。
連休に有給を足して一週間から10日間の休みをもぎ取り、毎年ではないけれど数年ごとに訪れていた。そこでは私は紛れもなく頭のてっぺんから足の先まで日本人観光客だった。レストランでは口を開かずともコンニチハ、と言われたし、片言のフランス語で買い物しても店を出るときはアリガトだった。
なにを血迷ったか人生の半ばを過ぎてパリに住み始めた当初もまだ日本人に見られていた、はずだ。それを疑わせるような出来事は何も起こらなかったから。しかし住んで一年も過ぎた頃、異変が起き始めた。
街でやたらと中国語で話しかけられるようになったのだ。フランス人からではなく本国の人に。彼らは同国人は皆兄弟と思っているのか、バス停で歩道で、カフェでコーヒーを飲んでる時ですら、知り合いを見つけたというようにパッと顔を輝かし、ためらいなく突進してきて何かを尋ねるのだった。そこまで屈託なく同国人を頼れるのは、ある意味うらやましい。ポカンとしてると、あっという表情をして去っていく。なんだろう、服装かなメイクかな、髪型?まぁアジア人だし似てるんだから仕方ない、とあまり気にもしてなかった。
一時帰国することになった時、私は韓国系の飛行機を使った。機内で隣に座った女性が韓国語で話しかけてくる。「へ?」みたいな間抜けな表情をする私に気づき英語で言い直す。そうしてるうちに機内アテンダントが前から順番に飲み物を聞いてくる。相手によって韓国語、英語、日本語の3ヶ国語を流暢に使い分ける。もうほとんど日本にいるようなものだとリラックスしてる私の顔を見て、韓国語で何か言う。一瞬沈黙。そこで間違いに気づいた彼女は笑顔を崩さず、さっと言語を切り替えた。
”Madam, would you like something to drink?”
不意を突かれた私は、口の中で用意していた「ビールください」を引っ込め、”きゃ、Can I have a beer, please” とどもりながら言った。
その後ビールを飲みながら考えた。はたして私は何人に思われたのだろうか。台湾人、ベトナム人、やっぱり中国人か。その理由も聞いてみたかったけれど、今更日本人ですとも言い出せず最後まで英語で通した。
日本人としてのアイデンティティを揺るがされた私はパリに戻ってからいろんな人に聞きまくった。中国人と韓国人と日本人を見分けられるかと。また、どこで見分けるのか。
どうやら、服装とメイクらしい。
な〜んだ、そんな表面的なことだけなの?
その中で表情、と言った人がいた。
日本女性はsourianteだと。愛想がいいとか微笑を浮かべたという意味だ。でも私は元からsourianteな女ではない。人に愛想よくするという社会人になってから培った反射神経もこの一年で鈍っている。服はほとんど日本から持っていったものを着てたし、メイクも変わっていない。
私はここで他国の人に間違われることを気にしているのではない。
海外旅行でそういう経験をする人は多いだろうし、珍しいことではない。私も日本人にDo you speak English?と声かけたことあるし。知りたいのは、中国語や韓国語で話しかけられるようになった前後に、私のなにが変わったのか、ということだ。
一年前と違うこと。
一歳年をとった。
他には…
はた、と思い当たった。
私が日本人に見られなくなった理由、
それは…。
それは…。(ひっぱり過ぎ)
めがね。
ずっとハードコンタクトだったのが、パリは乾燥するせいか目が痛くて痛くて、一年経った頃、めがねに変えたのだった。ごく普通の、パリにも店舗を持つ日本の有名めがねメーカーのもの。
理由はわからないけれど、これをかけてると日本でも外国人観光客に間違えられることがあるという魔法の無国籍めがねなのだ。